旅行記



以下の文は僕が2003年に中国からトルコまで旅行した時の日記です。
ちょっと口調が悪いですが、その当時の自分を生のまま表現したかったのであえて原文のままにしました。
文字を打ち込むのが遅いのでまだ途中までですが、何かの参考になれば幸いです。


7/25 出発

初めての海外旅行でいきなり大陸横断しようという今おもうとかなり無謀な旅を実現させるために俺は鑑真号のまつ大阪までガタゴトと電車にゆられていった。

鑑真号の乗り込み受付で体温を計られこれ以上ないくらい緊張しながらターミナルを歩く。
その時の気持ちはこれからの旅への高揚感ではなく、「今ならまだ引き返せる」という情けない感情だった。
(ちなみに出航するまでずっと腹はすわらないままだった。情けない…)

とりあえず通された毛布が置いてあるだけの大広間のような船室には自分と同じようなバックパッカーがけっこういてちょっと安心。

その人たちと話しているといつの間にか出航していた。
感慨もなにもありゃしない。

とりあえず持ってきた本が多量にあるので友達になった人たちに配る。
(このまま持って旅するには重過ぎるとわかったので。)
7/26 船内。
売店のお姉さんに「何人?」と聞かれる。
日本人と一緒だったのにな。。

船内で知り合った、やたらと親切な神戸の仲買商のおっちゃんと鳥取大学、大阪学院大学生の3人と仲良くなる。
関西系の人は親しみやすくていいな。

外海にでると揺れがおおきくなる。
遣唐使は小船でここを渡ったのだと思うと感慨深いものがある。

とりあえず本がやたらと重いので、できるだけ読んで知り合った人にわたす。
というか寝てる間に枕もとに置いておく

じっとしてるのが嫌で筋トレする。
運動後気持ち悪くなる。

その夜、中国に7年ほど通っているKさんと中国へ留学に来ている男の子と仲よくなり色々情報を教えてもらう。

しかし旅なれている人は集団内でしかコミニケーションとらない多くの日本人と違って仲よくなりやすい。 Kさんに旅なれしているようにみられて喜ぶ。

ウイグルは中国的なのは嫌われるのでヒゲは伸ばしておいた方がいいようだ。
7/27 「往く人と 一期一会をかみしめて…」

などとN君との別れの歌を考えていたが(いや、茶道やってるんで)、俺の乗るウルムチ行きの列車の時間間近になっても帰ってこない。

見ていてくれと頼まれていた彼の荷物を置いていってしまおうとしたら近くのやたらと黒い女が彼の荷物に目を付けているのを発見。
行くにいけない。。

とりあえず近くに座っていたウイグル系のおじさんに筆談で荷物の見張りをたのむ。
俺の書いた文の意味は分からなかったみたいだが、俺が荷物から離れている間にそれを盗もうと近づいた女に急いでケリを入れて、睨み付けているのをみておじさんも何を頼みたいか分かってくれたらしく引き受けてくれる。

それに安心してウルムチ行きの列車に荷物を置いてもう一度、待合室に戻るとまだ彼は来ていない。 大丈夫なんだろうか彼は、色んな意味で。。

とにかく俺が深ぶかとおじさんに頭を下げると、おじさんも手を合わせて礼をとってくれた。
やっぱり俺は日本人なんだなぁ、一番心情のこもるのはやはり頭を下げることなんだと思う。
俺がウエストバックを開けてまた筆談しようとするとおじさんは礼金をくれるのだと思ったらしく「いや、受け取れない」と両手を横に振った。

俺はまた深ぶかと頭を下げて列車に乗る。
無事にインドまで行ってくれよK君。。

さて、話は前後したがとりあえず船が中国について緊張しまくりのおれは検問のおばちゃんに検問無視して出ようとしたのでキレられて中国の役人こえー、と思いながら船中で仲良くなったバイヤーのおいちゃん(じつは中国帰化人)、Kさん、鳥取大のN君、大阪大のTくん、あと迎えにきたおいちゃんの愛人(美人)、とで昼食をとり、両替をした。

食事は一人8元(120円)と信じられない安さでなお食いきれないほどあった。

両替は170ドルで1600元くらい。
多いなぁと思いながらおいちゃん推薦のコンビニでの列車チケットGETを試みたが愛想ない店員にすげなく断られる。

しかたなくホテルで取得。
2等寝台で763元くらい。まあ1万円くらいらしい。

ここでそのホテルに宿泊する組と列車に乗る組とに分かれる。
列車に乗るのは俺とN君。

途中まで送ると申し出てくれたおいちゃんと愛人(美人)は11月に結婚予定だそうで(だったら愛人とは言わないかな)上海での挙式に来てくれる?と誘われ俺とN君は「いくいく」と金ねーのに安請け合いする。

4人で市場に行きザックと盗難防止の鎖を購入。
N君の鎖が買ったとたんに壊れ、返品する。

なんか彼の運命を表してるような。。

ちなみにこれらの品はおいちゃんと愛人の「ハンクエラ!」(高い!)攻撃が功を奏してけっこう値切れた。

その後、上海の銀座にて休憩。
コーラ12元。うーん高い。。
どんどんなくなっていく所持金に心細くなっていく。

その後、2人と別れてN君とタクシーで上海駅へいく。

タクシーの運ちゃんはけっこう気さくないい人で日本語しってるよ〜と
「こんにちは」「もしもし」
などといって和やかな会話をしながらものすごい乱暴な運転をして駅に到着。

でも思っていたより海外一人旅はカンタンではないみたいだ。
「深夜特急」やその他の旅行記もなにげなく旅しているようだがおれはおいちゃんがいなかったらボラれまくって切符も大変な思いで買い、両替さえろくにできなかったろう。

とりあえずおいちゃんに感謝。

あと荷物を守ってくれたウイグルおじさんにも感謝。

悪い人も多いがいい人も結構いる。
でもちょっとホームシック。。

閑話休題

駅についた俺とN君はN君の写真の現像と食料の買出しのため、駅周辺をうろつく。

道端にいる変な奴らは必ずN君のほうへ行って、俺には声もかけない。
おもしろいなぁと思いながら彼の旅(チベット→パキスタン→インドの上級者コース)を心配した。
写真屋で話が通じたと感動しているN君とコンビニで買出し。
その後、信号無視あたりまえの中国式横断法を駆使して駅にはいる。

とにかく汗だくなのでトイレで汗を拭きシャツをかえて俺の出発30分前(中国では出発の30分前にはホームにいないといけない)にいきなりN君が写真屋へ行くといいだした。

そして冒頭の話となる。

あと、おいちゃんが俺に船の水をペットボトルに詰めておくよういって、俺が断った時にいった言葉が印象的なので記しておく。

「中国ではなんにでも金がいる。だからタダのものはもらわなきゃ駄目だ」

ついでに冒頭の歌の下の句
「楽しみながらサバイバルする♪」
7/28車内

昨日いろいろあったので、今日はのどかすぎる気がする。

昼まで寝て西安で下の人たちと会話(俺は3段ベットの一番上)と情報集めを挑む。
やっぱり若い人たちのほうが理解してくれやすいみたいだ。

筆談と「地球の歩き方」の会話部分のコピーの併用でだいたい間に合った。
ウルムチにつくのが夜なので宿が心配だったが1泊10元の宿を教えてもらう。

カシュガル(カシマと言うと通じる)には列車が安全でいいそうだ。
座席200元、寝台300元で10時間かかる。

カシュガルからキルギスへは公共バスが出ているらしい。
日本のHISの話だともしかしたら行けないかも、と聞いていたので安心。

でも車中の人はお金があるからかもしれないけど、中国の人は聞いていたほど悪い人ではないみたいだ。
駅員さんもよく働くし、みんな明るくていい感じ。

でも列車が時々大揺れするのは何でだろ?
線路の継ぎ目かと思ったがそうでもなさそうだ。
列車がボロいからだろうか。。

蘭州の駅でパンを買う。
コーラが3.5元で店より少し高いのでやめた。

金が無いのもあるが根がケチなんだよな、俺は。
7/29

列車が夜中ガタンガタンいうと思ったらどうもぶっ壊れていたようで昼に3時間ほど足止めをくらう。
まあいいかと思いながら午睡。

カンコク関、五門関のあたりから西域ワールドになる。
まさに『空に飛ぶ鳥なく、地に走る獣なしの』状態。

三蔵こんなところロバで行ったのかよと思うと感慨ひとしおである。
多分半分ヤケになってたんだろうなぁとか思いながら窓を見入る。
それほど過酷なところなのだ。

列車が駅に止まる。
「ハミ?」と聞くと「トルファン」と返ってきたので地図を渡すと『柳国』というところを指した。
ウルムチ、カシュガルといい日本の発音は通じそうにない。

福の神(嬉神と表記)コーラを買う。

窓から荒れ果てた大地を見ると、至るところに人が住もうとしている痕跡がみられ、人間のバイタリティーに感心してしまう。

紙に「何時にウルムチに着きますか?」と書いて駅員のお姉さんに渡すと忙しそうにしていたにもかかわらず英語のできるお姉さんを連れてきて教えてくれた。

そのお姉さんとたわいない会話をする。

カシュガル行きのバスのことを聞いたらパッと出て行って手に書いてきてくれた。
『K886次 発15:14 着14:25』
ほぼ24時間かかりそうだ。

隣のおじさんも「地図をみせてくれ」と話しかけてくれたり、「日本からいくらかかった?」と聞いてくるおじさんもいたりで結構人気者になってしまった。

隣のおじさんにキルギスに行くというと「俺はキルギスなんて嫌いだね」というのでなぜか聞くと、「貧しいから」「危険だから」と答えた。

まあ日本人かにすればどっちも同じように思うのだが、やっぱりみんな自分の国が好きなのだろう。

さっき話した英語のできるお姉さん(じつは33歳と判明)が3人子供を連れてきた。
どうしても日本と比べてしまうがくったくのない子ばかりだなぁ。
一番小さい子が7歳らしいので何歳で結婚したんだろ?

ここの人たちといると自分がいい人でいようとしているのが分かる。
日本人の知り合いだけで固まるところが好きになれないのでこういう初対面の人とでもくったくなく話せる人たちが好きなのだろう。

子供に「こんにちは」を教えて会話のなくなったところでお母さんと子供らは席に帰っていった。

夕方。
おれの下のベットで寝てるお姉さんがさっきおれが子供に手相見ていたのを見てたらしく「できるんでしょ?占ってよ」と手を差し出す。
そんなに深くは勉強してないのだが結構この一芸は役に立つ。

そしておれは同フロアのみなさんと仲良くなった。
みんな観光でウルムチへ行くらしく経済的には中産階級みたいだ。
写真も撮った。
1987年生まれの娘さんは気立てのよさそうな子で、英語で翻訳してもらった。
手相見てくれといった女性はなんと俺と同い年で気の強そうなアネゴさんだった。

アネゴに「日本人にみえないよ!」と言われ船でイラン人と間違えられたといったら一同大笑いだった。
しかしあれこれ話しているうちに俺の会話エナジーが底をつき、大体会話も尽きたので三々五々寝につく。
しかしみんな基本的にいい人なのはやっぱりお金に余裕があるからなのだろう。
この人たちを基準にしないほうがいい気がする。

あと4時間でウルムチである。

ウルムチ駅に着いたのは深夜2時。
アネゴとそのBFとその友人がタクシーで色々ホテルを探してくれた。

3つくらい断られて(外国人は泊まれないホテルがあるのだ)やっと見つけたのが一泊450元のホテル「電力賓館」。
クソ高け〜と思いながらもこれ以上アネゴに迷惑かけるわけにもいかずしぶしぶ一泊。(アネゴありがとーでした)

ボーイのお兄さんにチップいくらかきいたら20元というので半ばヤケになって払う。
(ちなみにレストランへ行ったら最低26元、100元なんてのもあり、もう金使いたくないので適当にごまかして6元のパンを買う。それでも高いぞ)

まあ疲れも溜まってたしちょうどいいか、と気を取り直しフロにはいって洗濯して、さっき乗ったタクシーの運ちゃんの顔なんで半分ただれてたんだろとか思いながら寝る。
7/30

昼頃起きる。

昨夜ボーイのお兄さんが14時に起こすよと言って日本語のできる友人がいるからカシュガルまでの交通を教えるよといっていたからもっと遅く起きてもよかったのだが、また金せびられたらたまらないので他の人に聞こうと思ったのだ。

ホテルのみやげ物屋の日本語できるお姉さんとおばさんにカシュガルへの行き方を聞いたらそういう人の行く場所がホテル内にあるらしく、日本語OKのその部屋へ案内してもらった。

パソコンでトランプゲームをしていたそこのおじさんにカシュガルへ行きたい旨を伝えると、「今日はもう取れないよ」といわれる。

このクソ高いホテルにもう一泊は絶対イヤなので、寝台でなくてもいいからなんとか今日中に行きたいというと「だったら今から急いで駅へいくといい。空きがあれば取れる」といわれた。

列車の発車時間14:30。ただ今13:30。。

激あせりであたふたと荷物と生乾きの洗濯物をザックに入れ、フロントでトラベラーズチェックを換金。
元で出されたのでドルにしてくれといったら断られた。
(ちなみに元は公式にはIMBというらしい。某映画のタイトルみたいだ)

大急ぎでタクシーでウルムチ駅へ。
運ちゃんに「ツァオラ、ツァオラ!」(急いで、急いで!)というと本当に大急ぎで行ってくれた。

駅で『〜票』と書いてある所へいってカシュガルと書いた紙を見せる。
でもここはどうも荷物預かり所のようだ。。

場所を教えてやるというお兄さんについて行くと色んな男がよってたかってくる。
騙されるのはイヤだけど誰かに助けてもらうしかないのでなりいきにまかせる。

たかり集団の主導権を握った男に絶対善意じゃないよなぁとおもいながらもキップを求めてついていく。
キップ販売所で「メイヨー」(ない)といわれ、もう一泊しなよといわれても、もうこんな物価の高いところはイヤなので(俺の泊まったホテルが高かっただけなのだが)「何でもいいから今日いきたいんだ」と粘ると寝台バスならあるといわれて即断する。

自称ガイドの男とその仲間(女とトヨタのロゴ入りシャツを着た男)と一緒にタクシーでバスターミナルに向かう。

もうなれたランボー運転で堂々と歩道を走り到着。
ターミナル近くのちょっと陰気な所で自称ガイドが話をしてくれ、キップを買えた。

「両替したい」というとガイドが銀行へ連れてってくれ、「腹ヘッタ」というとレストランへ連れて行ってくれた。

ピラフと羊串3本一皿で12元。
バカ高ホテルに比べると激安に感じる。(でも脂っこくて全部食えず)

その後デパートでテレビやCD見て(これを礼に買えといわれるのではとビクビクしていた)街中ぶらついてブドウ買ってタクシーでバスターミナルに戻る。

バスに乗り込むとガイドが「20元くれ」という。
昨日のホテルのボーイのチップと同額だ。
何もいわれなくても礼はするつもりだったので喜んで払う。

「さよなら」と日本語で別れたあと、トイレいって道端で生乾きの洗濯物を干しなおす。

公共トイレは覚悟していたほどは汚くなかった。
セパレートタイプだし、これなら耐えられる。

バスの中で16歳の高校生と英語で会話してたら運ちゃんがなんか「バックもってこい」と言ってるようなので外に出ると高校生が「カシュガル行きは別のバスだといっている」と荷物をもってきてくれた。

「Not be afread」と高校生いわれながら別のバスへ移る。

しかしこういう旅では同乗者とどれだけ仲良くなれるかが重要みたいだ。
好意でいろいろ助けてくれる。

出発。
さっさと行くのかと思いきやチョコチョコと止まり客を拾っていく。
俺のトナリの寝台にかわいいウイグル少女が座り結構嬉しい。

車内でキップを受け取る。
169元と書いてある。

あれ、たしか俺は250元払ったんだが。。
…ガイドに騙されたみたいだ。

だからキップの金を払う時に「俺に金を渡せ」といったのか。
20元の紹介料をもらってたのは見たがまさかボラレているとは…
やはり金目的のヤツに道徳守れという方が無理か。

ウルムチは金取られまくりだなぁと思いながら残金を考えながら信じられないくらい揺れる車内に横になる。
平らなアスファルトでも揺れるのだ。

ん?でもチケットには客汁(カシュガル)とは書いてなかったような、と気づく。

大慌てで運ちゃんに聞くと「行く」と答える。
それでも心配で回りに聞くと運ちゃんが「いくいく」というので、行くのだろうと一安心する。

何ヶ所か検問のようなところで止まる。
夜中、また停車したので検問かな?と思っていると食事休憩らしくみんな食堂にいく。

メニューみても何がなんだか分からないので隣の行商に聞くと『らーめん』というのがあるのでやっと食いなれた物が食べれるとそれを注文。

でも出てきたものはうどんのような麺を辛い具と油で炒めたものだった。
う〜〜んまた油もの。。

結局それも残してしまい、おお昔からあるような土造りのトイレで用をたす。
その後バスに戻るが、みんな乗り込んでも出発しない。

まあ運ちゃんも寝たいのだろうと持ってきたシーツ製寝袋にくるまりちょっと寝る。
7/31

4時ごろもう一台のバスが来る。
運ちゃんが大声でなんか言うとみんな荷物まとめてそっちへ移る。
…バス壊れてたんか。

再出発。
追い越す時ブーブーとクラクションを鳴らしながらもはや舗装さえされていない道を進む。
シャレにならないくらい揺れる。マジで体が浮く。

そして朝になりまた食事休憩。
朝食後(俺は食えなかった)順調にバスが進みガソリンスタンドで止まる。

給油かと思いきや修理らしい。
客たちもたまたま来たスイカをつんだトラクターからスイカを買ったり、お菓子買ったりして食ってる。

俺も分けてもらう。
しかしここらの人は食べ物を分け合う習慣があっていい。
でも漢人とウイグル人はあんまり仲良くないみたいだ。

スタンドのお姉さんに英語でいくつか話し掛けられる。
とりあえず笑顔でコミュニケーション。

三重在住の知り合いY君
(もしくはダンディ坂野)にそっくりな従業員がいて、陽気にかつハキハキと仕事をこなしている。

彼を見つけた時思わず「Y君!」と叫んでしまい、こんなところで出会えた?偶然を喜ぶ。
でも働く姿が本当にコミカルだ。

バスに戻ると隣のウイグル少女がビスケットをくれたのでお返しにコーラをあげる。
いい子だ。

やっとバスが直ったらしく、また結構揺れるアスファルトとシャレになんないきらい揺れる未舗装の道を走りる。
最初はまあいい経験だ、と思っていたが夕食事の休憩にはもうやってらんないくらい気持ち悪くなっていた。

とりあえずレストランの席に座り、口にあわない茶をすすり、メニュー分かんないんで店の人に聞いたら「らーめん」をすすめられた。

食いたくねー、と思いながらもそれしかしらないのでそれをたのむ(涙)
半分をウイグル少女の家族にあげる。

お返しにナン(パン)をもらう。
「頭いたい」というとウイグル少女が薬をくれる。
飲んでも大丈夫なのだろうか?と思いながらも礼儀上それを飲む。

バスにのろうとすると漢人の女性たちが「まだ出発しないから外で休みなさいよ」といい。
そとでしゃがみこんでいると薬をくれた。
でももう薬はもらったので丁寧に断る。

何回かウイグル人が差別されているのをみているので心情的にウイグル人の方に同情していたが、漢人も悪い人たちではない。

そして出発。
またアホほど揺れるバスのなかでとりあえず限界まで我慢して、我慢できなくなったら窓から吐こうと思っていると薬が効いたらしく2,3時間深い眠りにつけた。
何とか不快感も回復する。




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